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静岡地方裁判所浜松支部 平成2年(ワ)271号 判決

原告 エンケイオートモーティブ株式会社

右代表者代表取締役 鈴木順一

原告 遠菱アルミホイール株式会社

右代表者代表取締役 鈴木順一

右両名訴訟代理人弁護士 山本忠雄

右山本忠雄訴訟復代理人弁護士 秋友浩

被告 吉田友明

右訴訟代理人弁護士 竹内康二

同 野末寿一

同 野中信敬

同 久保田理子

同 荒竹純一

同 千原曜

同 清水三七雄

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対して、原告エンケイオートモーティブ株式会社(以下、「原告エンケイ」という。)が、一九八九年五月一三日付同原告作成の同意書に基づき、被告に対してアメリカ合衆国カリフォルニア州ファンテンバレー市ペラルタリバーサークル九九四六所在の同原告の所有する物件(土地建物)を被告に二〇万三五〇〇米国ドルで売却すべき債務の存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告エンケイ及び原告遠菱アルミホイール株式会社(以下、「原告遠菱」という。)は、いずれも訴外エンケイ株式会社を親会社とするものである。

2  被告は現在肩書地に居住するものであるが、原告エンケイの米国子会社エンケイUSAとの間で一九八六年(昭和六一年)四月一日雇用契約を締結して同社の業務に従事していたが、一九八七年(昭和六二年)九月から一九八九年(平成元年)一二月までの間は同社から原告遠菱に出向し、浜松市近辺に居住しながらその業務に従事していた。

3(一)  一九八九年(平成元年)五月一三日、原告エンケイは被告に対してアメリカ合衆国カリフォルニア州ファンテンバレー市ペラルタリバーサークル九九四六所在の同原告の所有する物件(土地建物)を被告に二〇万三五〇〇米国ドルで売却する旨の契約(以下、「本件契約」という。)を締結し、原告遠菱本社において原告らの代表取締役鈴木順一がその旨の同意書に署名した(以下、「本件同意書」という。)。

(二) 本件同意書作成の経緯は以下のとおりである。

一九八九年(平成元年)四月ころから、原告遠菱と被告との間で雇用契約に関する交渉が行われたが、その際に被告が日本において原告遠菱の専任従業員として長期間勤務すると申し出たうえ、その旨の雇用契約書を起案することを約束したため、その言を信じた原告両社の代表取締役である鈴木順一は、被告との間で長期雇用契約が締結されることを前提に、その雇用条件の一つとして当時の時価でも三五万ないし四〇万米ドルの価値があった物件を二〇万三五〇〇米ドルで売り渡す旨の本件契約をし、本件同意書に署名した。

(三) しかるに被告は、当初から自らを種々拘束するような雇用契約書を起案する意思はなく、口実をもうけて契約書の起案を引き延ばし、結局同原告と被告との長期雇用契約は締結されないまま、同年一二月に原告遠菱を退社した。

4  このように本件契約は原告遠菱と被告の間の長期雇用契約に付随し、これと不可分一体のものというべきであるところ、前記のように長期雇用契約が成立しなかったのであるから、これと一体となる本件契約も成立していないというべきであり、仮に本件契約が成立しているとしても錯誤により無効である。

5(一)  しかるに被告は、一九九〇年(平成二年)一月一八日に原告エンケイに対してカリフォルニア州オレンジ郡第一審裁判所に本件契約の履行を求める訴訟を提起した。

(二) また、前記のように本件契約は原告遠菱との間の雇用条件の一つとしてなされたものであるうえ、本件同意書には、本件契約が「一九八六年一月の遠菱アルミホイール株式会社における合意に基づき」なされたものとして、あたかもそのころ原告遠菱と被告との間で売買予約契約が締結されたかのような記載がある。

(三) したがって、原告エンケイは勿論のこと、原告遠菱にも本件同意書に記載のある本件契約上の債務が存在しないことの確認を求める利益がある。

二  本案前の争いに関する原告の主張

1  国際裁判管轄(以下、「管轄」という。)について

(一) 民事訴訟法一条、二条関係

(1) 国際裁判管轄決定の基本原則

本来国の裁判権はその主権の一作用としてされるものであり、裁判権が及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であるから、被告が外国人である場合はその者が進んで服する場合のほか日本の裁判権が及ばないのが原則であるが、当事者双方が日本の主権の及ぶ日本国民又は日本法人である場合には日本の裁判権が及びその裁判管轄に服するというのが原則であるから、このような場合に管轄を決定する際には民事訴訟法の規定を柔軟に解釈適用するなどして可能な限り日本に管轄が認められるようにすることが要請される。

(2) 被告の普通裁判籍について

① 被告の住所について

被告は現在肩書地に居住する者であるが、渡米したのは一〇年程前にすぎず、被告及びその妻は依然として日本国籍を有しており、頻繁に日本に帰国し、その主たる収入を原告らのような日本の自動車業界関係者のための情報収集等の業務に従事することによって得ている。さらに一九八七年(昭和六二年)九月から一九八九年(平成元年)一二月までは浜松市近辺に居住して原告らの会社の業務に従事しており、本件同意書は前記のようにこの期間中に作成されたものである。したがって、本件同意書の作成時の被告の生活の本拠は日本国内にあり、本件同意書の効力をめぐる争いである本訴については、当事者の公平の観点から被告の普通裁判籍を管轄裁判所と定めた民事訴訟法一条、二条一項の趣旨からすれば、本件同意書作成時の被告の住所地である浜松市が被告の普通裁判籍というべきであるから、日本に管轄を認めるべきである。

② 被告の最後の住所について

そうでないとしても、同法二条二項にいう「最後の住所」は日本における最後の住所と解すべきところ、被告の日本における最後の住所地は浜松市であるから、右条項により日本に管轄が認められるというべきである。

(二) 条理上我が国に管轄を認めるべき事情

(1) 本訴では日本に管轄を認めることこそ裁判を適正、迅速、公平に行うという裁判制度の基本理念に合致するものである。

(2) 裁判の適正迅速

本件同意書の作成経緯は前記請求原因3のとおりであり、本件同意書の効力を判断するための証拠資料は同意書の作成地である原告遠菱の本社所在地の静岡県磐田市を始めすべて日本国内にあり、証拠の収集は日本の裁判所で行う方が便宜にかなうから、裁判を適正迅速に行うために日本に管轄を認めるべきである。

(3) 当事者間の公平

本件同意書の作成経緯から明らかなように、被告は本件同意書と一体となる長期雇用契約書の作成を巧妙に引き延ばしながら原告エンケイの代表取締役鈴木順一に本件同意書に先に署名させ、その後短期間のうちに原告遠菱を退社して米国に戻り、その直後ことさらに米国において訴訟を提起したものである。このように原告らは被害者であって本件は一種の不法行為訴訟というべきものである。

このような事情のもとで被告の申立てを認め、米国の管轄を認めて日本の管轄を否定するのは、日本法人で米国の訴訟事情に不案内な原告らに対し米国での訴訟追行のため、米国へ渡航することを余儀無くされるばかりか、英語使用による訴訟追行や広汎な証拠開示手続のため弁護士費用が莫大になるなどの過度の負担を強いるものである。なお、エンケイUSAなる会社は原告らの本業であるアルミホイールとは無関係の一人会社であって、規模は極めて小さく、本件係争とは無関係である。

これに対し、日本で審理を進めても被告にとって母国語である日本語の使用に問題がないのは勿論のこと、被告は前記のように頻繁に日本に帰国しているばかりか、一九九〇年(平成二年)一月末以来東京在住の弁護士である被告訴訟代理人に本件を委任して原告らとの間で和解交渉を行っており、日本における訴訟追行に何の支障もない。

したがって、訴訟当事者間の公平の見地からしても、日本に管轄を認めるべきである。

(4) 審理の重複、訴訟経済について

米国に係属した訴訟の経過は被告主張のとおりであるが、米国では一九九一年(平成三年)一月二四日に答弁書の記載が適式かどうかの形式的審理がなされたばかりで未だ本案の審理が進んでおらず、事実上訴状と答弁書が交換された程度にすぎないから、日本に管轄を認めても審理の重複のおそれは少なく、訴訟経済の要請に反しない。

なお、民事訴訟法二三一条にいう「裁判所」とは日本の裁判所を意味するものであり、外国の裁判所は含まず、国際的二重起訴を規制する実定法上の根拠はないから、同一の当事者間で同一訴訟物に係わる訴訟が日米両国に継続したとしても二重起訴の禁止の問題が生ずる余地はない。

2  確認の利益について

請求原因5(二)のとおりである。

三  本案前の申立てに関する被告の主張

1  国際裁判管轄について

(一) 土地管轄規定からの逆推知

(1) 国際裁判管轄決定の基本原則

国際裁判管轄については、これを直接規定する法規もなく、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決定するのが相当であり、わが民事訴訟法の国内の土地管轄に関する規定による裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うのであるから、民事訴訟法の土地管轄規定から逆推知するという手法によるべきである。

(2) 被告の普通裁判籍について

① 被告の住所について

被告の現住所は肩書地のとおりであり、一九七九年(昭和五四年)九月に移民の目的でなく渡米し、以来被告の妻子は継続して米国内に居住している。被告は原告エンケイの米国子会社エンケイUSAとの間に一九八六年(昭和六一年)一月に雇用契約を締結し、米国内に居住しながら一九八七年(昭和六二年)九月まで米国内で勤務していたが、その後同社から原告遠菱への出向勤務を求められたため、妻子を米国に残したまま一九八七年(昭和六二年)九月に単身赴任で来日し、一九八九年一二月本件の紛争が生じて家族のいる米国に戻ったものである。

これによれば、被告の住所は一九七九年(昭和五四年)の渡米以来終始米国内にあり、日本に単身赴任していた期間中に限って日本国内に居所があったにすぎない。

② 被告の最後の住所について

また、民事訴訟法二条二項の最後の住所によることができるのは世界中どこにも住所も居所もない場合であるから、被告について最後の住所を問題にする余地はない。

(3) 義務履行地の裁判籍について

原告らの確認を求める対象は米国カリフォルニア州所在の不動産の売買につき、原告らが売主として負担した売却債務の不存在であるところ、右債務の義務履行地は特定物所在地の米国カリフォルニア州である。

(4) 財産所在地の裁判籍について

本訴は日本に住所なき者に対する財産権上の訴えであるが、原告らの確認を求める対象は米国カリフォルニア州所在の不動産について原告らが売主として負担した債務の不存在であるから、請求の目的物の所在地は米国である。

(5) 不動産所在地の裁判籍について

本訴は不動産に関する売主の債務不存在確認請求であるが、目的物である不動産の所在地は米国カリフォルニア州にある。

(6) 登記・登録地の裁判籍について

本訴は不動産の売主の債務に関するものであるところ、当該債務には当然に不動産の登録に関する債務を伴うものであるが、当該不動産及びその公示機構はいずれも米国に存在する。

(7) 結論

以上のように本件訴訟では、民事訴訟法上の土地管轄規定からわが国の管轄を推知することが許されないから、本訴請求は却下されるべきである。

(二) 条理上日本の管轄を否定すべき事情

(1) 不動産所在地国の専属管轄

国際裁判管轄を、国際民事訴訟法の基本理念たる条理によって決定するとしても、不動産の売主としての債務が存在しないことの確認を求める本訴のような不動産上の権利関係に関する請求については、右権利関係が不動産所在地国の法律制度や登記制度と密接に関係したものである以上は、不動産所在地国の裁判所に専属管轄があるというべきである。

(2) 訴訟経済

① 被告は、一九九〇年(平成二年)一月一八日、原告エンケイを相手として本件同意書に基づいて本件不動産売買契約の履行等を求める訴訟をカリフォルニア州オレンジ郡第一審裁判所に提起した(以下、「米国訴訟」という。)。これに対して原告エンケイはカリフォルニア州連邦地方裁判所に対して右米国訴訟を同裁判所へ移送する旨の申立をしたが却下され、さらにカリフォルニア州裁判所に対して米国訴訟の却下を求める申立をしたがこれも却下され、カリフォルニア州上訴裁判所に不服を申し立てたが上訴は棄却されて米国における管轄の問題は決着し、一九九〇年(平成二年)一一月二日、原告エンケイが答弁書を提出し、米国訴訟では実体審理が行われている。

② このように米国訴訟では実体審理の段階に入っている以上、仮に日本で本訴請求を認容する判決がなされたとしても、米国訴訟での逆の内容の判決を阻止しうる効力は期待できないところであるから、日本で本訴の審理を進めることは訴訟経済上無駄である。

(3) その他の事情

被告は米国に居住しており、原告エンケイは米国内に子会社を持ち盛んに営業活動をなして利益をあげ、その代表者が頻繁に渡米しているばかりか本件物件を米国カリフォルニア州に保有して同州の都市政策や土地政策の利益を享受し電気や上水道などの公共設備を利用しているなど、本訴の当事者や目的物はいずれも米国に密接な関連性を有するものである。

(4) 結論

これらの事情を総合すれば、条理上本件請求について審理判決をするために最も適した場所は米国であるから、本訴は却下すべきである。

2  確認の利益について

(一) 前記のとおり本件訴訟の管轄は米国にあり、その米国で本訴請求と同一の債務の履行を請求する訴訟が係属し実体審理が開始されているのであるから、わが国で右債務が存在しないことの確認を求める法律上の利益はない。

(二) また、原告遠菱は本件売買契約の当事者ではなく、本件売渡債務の不存在の確認を求める利益がないことは明らかである。

よって、本訴は却下すべきである。

理由

一  事実関係

1  原告らはいずれも日本法人であり、原告エンケイは米国カリフォルニア州内に本件不動産物件(土地建物)を所有するとともに、エンケイUSAなる米国子会社を設立して営業活動を行っている者である(争いのない事実)。

2  被告及びその妻は共に日本国籍を有し日本国内に居住していた者であるが、一九七九年(昭和五四年)一一月に海外移転の手続をとり、日本国内の住民票を抹消して渡米してからは米国内で居住している。被告は原告エンケイの在米非常勤コンサルタントの業務に従事していたが、一九八六年(昭和六一年)一月ころに同原告から新たに設立することとなった前記エンケイUSAの常勤となるように依頼されたことを契機として、同年二月からは肩書地所在の原告エンケイが所有する本件建物に居住するようになり、同年四月一日、エンケイUSAとの間で雇用契約を締結して同社の業務に従事することとなった。

3  その後被告は原告遠菱に出向するように命じられたため、一九八七年(昭和六二年)九月単身来日し、一九八九年(平成元年)一二月に肩書地に戻るまでの間は浜松市近辺に居住しながら同社の業務に従事していた(争いのない事実)。

4  本件同意書は一九八九年(平成元年)五月一三日、原告遠菱本社において作成されたものである。

5  同年一二月その効力について原告らと被告との間で紛争が生じたため、被告は米国に戻って本件同意書に基づく債務の履行を求める米国訴訟を提起したものであって、米国訴訟の経過は被告の主張のとおりである(争いのない事実)。

二  当裁判所の判断

1  不動産所在地国の専属管轄の主張について

民事裁判権の範囲については、国際法による対人的、対物的制約(外在的制約)の問題と、これを前提としつつその範囲内で渉外的要素を含む事案についてどこまでわが国の管轄権を行使して司法的救済を与えるかという国際裁判管轄の問題がある。

本件のような米国に所在する不動産の権利関係をめぐる訴訟については米国の専属管轄に属するという被告の主張は、そのような訴訟について領土主権の観点から右のような不動産所在地国に専属的管轄権を認める国際慣習法が存在し、これがわが国の民事裁判権に対する対物的な制約となっているから本訴はわが国の民事裁判権の範囲に属さない旨の主張と理解することができる。

しかしながら、管轄に関する一般に承認された明確な国際法上の原則が確立しているとは言いがたいから、外国に所在する不動産の権利関係をめぐる訴訟について国際法上わが国の民事裁判権が対物的制約を受けるとまではいえず、本訴についてわが国の民事裁判権に対する国際法上の制約が存在するということはできない。

2  国際裁判管轄の決定基準

民事裁判権の国際法的制約を前提としつつその範囲内で渉外的要素を含む事案についてどこまでわが国の管轄権を行使して司法的救済を与えるかという国際裁判管轄は、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決定するのが相当であり、わが国民事訴訟法の国内の土地管轄に関する規定による裁判籍のいずれかがわが国内にあるなど当該事案とわが国社会との間に密接な関連性がある場合には、当該事件についてわが国の国際裁判管轄を認めるのが右条理に適うというべきである。

3  民事訴訟法の土地管轄規定による裁判籍

(一)  被告の普通裁判籍について

民事訴訟法一条、二条一項が被告の普通裁判籍である被告の住所に管轄を認めたのは公平の観点から応訴を強制される被告の訴訟追行の便宜をはかったものであり、被告が外国在住者の場合にはその要請が一層強いから、国際裁判管轄決定のうえでは、被告の起訴時の住所によって普通裁判籍を決定すべきであり、また、同法二条二項の最後の住所によることができるのは世界中に住所も居所もない場合に限られるというべきである。

しかるに、被告の起訴時の住所が米国内にあることは争いがないから、被告が日本国内に普通裁判籍を有しない本件についてわが国に管轄を認めることはできない。

(二)  その他の裁判籍について

本訴は米国カリフォルニア州に所在する不動産の売主としての債務の不存在確認を求めるものであるから、義務履行地、財産所在地、不動産所在地、登記・登録地の各裁判籍はすべて米国にあるというべきである。

(三)  結論

結局、本訴では民事訴訟法上の土地管轄規定の定める裁判籍がわが国には存在しないから、これらの規定からわが国の国際裁判管轄を肯定することはできない。

4  その他の事情について

(一)  前記事実関係記載のとおり、本件では当事者がすべて日本人または日本法人であり、そのうえ被告が日本国内に在住していた期間中に、日本国内で本件同意書が作成され、その同意書の効力が争いとなっていることからすれば、日本語及び日本の法制度について理解のある被告が日本の弁護士を代理人として選任して訴訟追行をする負担が過大であるとまではいえないし、証拠の多くは日本国内に存在するものと予測できるから、わが国と被告及び事案の内容との間に相当程度の関連性があり、当事者の公平、裁判の適正迅速という点でわが国に管轄を認める要因がないとはいえない。

(二)  しかし、本件は不動産の売主としての債務の不存在確認を求めるものであって、その債務の中心は不動産の引渡及び登記登録等の公示の移転義務と考えられるところ、不動産の占有及び公示制度は不動産所在地国の土地法制に密接に関連するものであるから、不動産所在地国の判断を尊重すべき要請がある。したがって、日本が不動産所在地国でない場合には、不動産所在地国で訴訟を追行することが当事者には著しく困難であり、その裁判を受ける権利が害される等の右要請を上回るようなわが国で裁判をすべき必要性や実益が認められなければならないというべきである。

しかるに、本件では、原告エンケイが米国子会社を設立して米国で営業活動をしており、日本国内に存在する証拠を米国裁判所に提出することも比較的容易であるなど米国での訴訟追行に著しい困難があるとはいえず、現に、前記争いのない事実記載のとおり本件売主の債務の履行を求める米国訴訟が係属し、原告はこれに対応した訴訟活動を行っており、原告らがこれとは別にわが国で本件訴訟をすべき必要性は乏しいこと、さらに、不動産所在地国である米国ではわが国の裁判の結果に係わらず米国訴訟の結果によって原告らに売主としての債務の存否は決まると考えられ、わが国で訴訟をする実益に乏しいことに照らせば、前記のようなわが国に管轄を認めるべき要因があるとしても、それだけでは本件についてわが国の管轄を認めるに足りないものというべきである。

5  結論

以上の次第で、本訴についてわが国の国際裁判管轄はないというべきであるから、本訴は却下することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅純一 裁判官 山川悦男 井上豊)

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